富山県の社員30人程度の小さな木工所で、木製品作りと並行してIT化に取り組んでいる筆者です。
かつて、私たちが直面していた最大の悩みの一つが「見積もりの遅さ」でした。社長の長年の「勘」と、膨大な紙の帳簿をめくる作業。そのせいで、1件の見積もりに1時間、複雑なものは半日が消えていました。
毎年恒例のカタログ価格改定では、提出を催促されるのがお決まり。焦って計算した結果、資材の計上漏れで「1年後に赤字が判明する」という最悪の事態も経験しました。
この「どんぶり勘定」と「スピード不足」を解消するために、私たち木工所が実際に導入し効果を実感した、無料または低コストのITツールを、導入時の苦労話と合わせてご紹介します。
ステップ1:見積もり作成の「時間泥棒」と「赤字リスク」を潰す
私たちの見積もりを遅らせ、そして利益を奪っていたのはこの2つでした。
- 立米計算と資材原価の調査:木材の体積計算や、ネジ・ボンドなど資材の最新価格調査に時間がかかる。
- 属人化による計算ミス:社長の勘や、特定社員の記憶に頼るため、計算漏れや単価ミスが発生する。
この問題を解決するために、次の3つのツールが非常に役立ちました。
導入すべきツール1:【原価のデータベース化】Googleスプレッドシート
見積もりスピードと精度の鍵は、「誰でも・瞬時に・最新の原価」にアクセスできる環境です。これを実現したのが、無料で使えるGoogleスプレッドシートでした。
導入のリアル:
私たちの場合、1000点以上の仕入品目があり、紙の仕入帳からデジタルへの転記作業が一番の壁でした。しかし、「電卓での計算が不要になる」というメリットを事務員に訴え、2ヶ月かけて地道に全データを入力しました。
活用術の核心:原価マスタとBOM
私自身がWEBやChatGPTを活用して、スプレッドシート内に「標準原価マスタ」を作成し、見積もりシートと連動させました。
- BOM(部品表):これは、製品を作るのに「どの資材が、いくつ必要か」をリスト化したものです。このBOMを製品ごとに作っておくことで、見積書に製品名を入れると、必要な材料費がスプレッドシートの関数(VLOOKUPなど)で自動的に引っ張られる仕組みを実装しました。
- 【社長の喜び】:これで社長は、いちいち紙の帳簿をめくって資材の単価を調べたり、複雑な木材の立米計算に頭を悩ませたりする手間から解放されました。
導入後の効果:
初年度で1時間が40分に短縮されました。「あまり減ってない」と思うかもしれませんが、これはBOMの作成という「仕込み」に時間を費やしたため。なにより、計算漏れがなくなり、利益確保の確度が上がったことが最大のメリットです。不定期な資材の値上げにもすぐに気づけるようになり、次の仕入れ戦略を考える余裕が生まれました。
導入すべきツール2:【情報共有の円滑化】ビジネスチャットツール
見積もりの遅延のもう一つの原因は、「確認待ち」です。
- 「あの資材の在庫は?」「この製品の過去の単価は?」
この確認のために、わざわざ事務所へ行ったり、電話をしたりする時間が大きなロスでした。
導入のリアル:
私たちの木工所では、現場の作業員が資材の欠品に気づいたらチャットで事務の担当者に発注を依頼する仕組みを導入しました。
しかし、導入初期は「デジタル化したら、どこで調べればいいか分からない」という抵抗があり、特に注文を代行する事務員さんへの動機付けが大変でした。最初は私自身がチャットを受けて発注を代行し、「このツールは便利だ」と体感してもらうことで、徐々に浸透させていきました。
活用術の核心:
- 「発注代行システム」:作業員はチャットで「〇〇を〇〇箱お願いします」と送るだけ。手書きの注文書作成や事務所への移動がなくなり、すぐに現場作業に戻れます。
- 承認の即時化:社長が出張や現場にいても、チャットにアップされた見積もり案をスマホで確認し、その場ですぐに承認(スタンプでOK)を出せるようにしました。
これにより、確認や承認の待ち時間が大幅に短縮され、見積書作成のプロセスが停滞しなくなりました。
導入すべきツール3:【提出スピード向上】クラウドストレージサービス
見積書をメールに添付する際、「最新のテンプレートはどれだっけ?」「容量制限で送れない」といった手間が発生しがちです。
クラウドストレージ(Google Drive、Dropboxなど)は、この提出プロセスをスマートかつセキュアに変えてくれます。
活用術の核心:
- 見積書はリンクで共有:最新の見積書PDFをクラウドストレージの「顧客専用フォルダ」に入れ、共有リンクをメールで送付。大容量の製品カタログなども簡単に追加できます。
- 顧客の利便性向上:お客様は、メールを探す手間なく、いつでも同じリンクから最新の見積もりを確認できます。これは「仕事が早い、ITに強い会社」という印象付けにもつながります。
社長へ:「どんぶり勘定」は今日でやめましょう
長年の勘で値段をつけていた過去の私たちのように、「蓋を開けたら作る分だけ赤字の商品が見つかった」という経験は、本当に辛いです。
見積もりは単なる価格提示ではなく、「この仕事でこれだけ利益を確保する」という経営戦略そのものです。
高価なシステムは不要です。Googleスプレッドシートやチャットツールといった、無料・低コストのツールを「自分の会社の業務に合わせて工夫する」ことが、あなたの会社のスピードと利益を同時に向上させる唯一の道です。
まずは、あなたの会社の「どんぶり勘定」を終わらせるために、標準原価マスタの作成から手を付けてみませんか?この一歩が、何年も先の会社の利益を守ってくれるはずです。


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